Column:
公共紛争における Assisted Negotiation/Mediationのご紹介
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1998年に作成したメモで、以下に記述されている内容は一部現状と一致しません。その点ご留意ください。
1.Assisted Negotiationはなぜ発生したか
米国においても日本と同様に、開発に対する環境、コミュニティ等の視点からの反対が生じています。ただし、訴訟社会とよく呼ばれるように、米国では何か紛争が生じるとすぐに法廷に持ち込もうとする傾向があるようです。訴訟は米国でも日本と同様、被告、原告ともに多大の時間と費用を必要とします。また、結果が白か黒かと割れてしまうため、結審後も紛争の火種が残り、反対派が実力行使に出るケースもしばしば見られるようです。 また、市町村が都市計画決定に関して、日本と比較して強力な権限を有しているため、地域レベルの事業が地元自治体の反対に遭い実現できないケースもしばしば見られます。省庁間においても、ある省が実施しようとした事業に必要となる許認可を、他の省が拒否するなどというケースも見られます。 このように、公共セクターにおいて各種の利害対立が生じた際に、Negotiation(交渉)が行われるわけですが、環境問題などのように、利害を有する者の範囲を特定することが困難、また技術的な側面が大きく影響しているなど、交渉そのものが複雑で、当事者間では解決が難しい場合、利害関係のない者が交渉を援助する、ということが行われてきました。それが、Assisted Negotiationです。
2.Assisted Negotiation/Mediationとは何か
Assisted Negotiationは、法曹界ではAlternative Dispute Resolution(代替紛争解決手法)と呼ばれています。つまり、裁判を基盤としながらも、その補完的なものとして位置づけているわけです。その点では、日本の民事訴訟制度、あるいは公害調整委員会などに見られる法廷外のあっ旋、仲裁、調停に似ていると言えるかもしれません。しかし、米国では一般的に、まだAssisted Negotiationは制度化されておらず、連邦のNegotiated Rulemaking Actといった一部のものを除いては、Assited Negotiationを専門とする民間のコンサルタント、議員、あるいは公選の官吏などが利害関係のない者として、アド・ホックに交渉を助けています。 Assisted Negotiationは、すでに述べたように、紛争が生じた上で、その解決に向けての交渉が複雑すぎて当事者だけでは進行が難しい場合に用いられます。さらに、計画の策定段階で紛争が予測される場合にも用いられており、EPA(連邦環境保護庁)は、環境関連の規制設定において、産業界、環境保護団体などと事前にAssisted Negotiationを行ってきました。
Assisted Negotiationには3つの形態、Facilitation(促進)、Mediation(調停)、Arbitration(仲裁)があり、順に、交渉を補助する者の、交渉の内容に関する介入の度合いが高まります(ここでは、日本の法に則った手続きとの誤解を防ぐため、英文表記とします)。Facilitationでは、補助者は会合の準備などの事務的な面のみを援助しますが、Arbitrationでは、当事者の合意のもと、Arbitratorがその独自の価値観に基づいて紛争の調停案を言い渡します。しかしながら、これら3形態の区別は曖昧で、識者によってその見解は異なるようです。
3.Mediatorの役割
今回ご紹介したいMediationは、Mediatorと呼ばれる利害関係のない中立な者が、紛争当事者達が合意に達するよう、以下のような作業を行います。
- 話し合いを開始するよう促す
対立している当事者は、話し合いを始めようと言い出すことによって、自分が弱い立場にあると認めてしまうことになるのではないかと恐れ、結果交渉が全く進展しないという問題が生じます。
そこで、Mediatorが各当事者に話し合いの開始を勧めることで、どの当事者も体面を失うことなく話し合いの場に進み出ることができます。 交渉に参加していないが、利害関係のある者を特定する 実際の交渉を始める以前に、交渉によって得られる合意により影響を受けると予測されるものの、交渉への関心を示していない者、団体を特定して、参加を促すことで後に紛争が混乱することを防げます。 訴訟よりも交渉による合意がお互いにとって望ましいことを説得する 訴訟は「勝ち負け」という、どちらかが納得のいかぬ結論を生み出します。しかし、いずれの側も「勝てる」と信じていれば、交渉よりも訴訟へと向かってしまうでしょう。そこで、交渉による合意のほうが望ましいことを、利害のない者の立場から説得することができます。 - 話し合いをお互いの利害に焦点を当てるよう促す
利害と立場については「ハーバード流交渉術」に詳述されていますが、立場に固執した討論では紛争は解決できません。利害に焦点を向けるよう、Mediatorが話し合いを取り仕切ることが出来ます。 - コーカス(Caucus)
当事者達が、世間体から公に言えない利害を、コーカスと呼ばれる秘密の会談によってMediatorに明らかにすることにより、Mediatorは紛争解決の合意案として当事者達が最も満足しそうなものを提案することができます。 - 専門家のあっ旋
技術的な点で意見の相違が生じている場合、両者が認める、利害のない専門家の助けを用いて、共同で事実を確認する必要があります。Mediatorがそのような、専門家を紹介することにより、その専門家の中立性がさらに高まるでしょう。 - 資金等の管理
交渉には当然ながら、いろいろな目的に費用が必要となりますが、その際、交渉のための積立金といった仕組みが利用されることがあります。Mediatorがその積立金の管理者として金銭面の管理を行うことも出来ます。 - 合意事項が不公正なものでないように介入する
たとえば、ある地域のある当事者間で結ばれた合意が明らかに、他の地域に不公正な負担を強いるものだとしたら、その合意は後に他の地域から反対に遭うでしょう。また、同様に、将来生まれてくる子孫に不公正な負担を強いるなら、同様に、将来その合意は反対に遭うでしょう。合意事項が安定したものであるために、Mediatorは不公正でないかどうか、確認し、忠告することができます。 - 合意事項の草案づくり
各当事者が合意事項の草案をつくり、それをまとめあげるという形では、結局各自にとって最もよい解釈となる草案を持ちよることになり、さらなる労力が必要となります。Mediatorが一つの草案を作成し、各当事者から承認を得るという方法が、実際に国際交渉で用いられているように、効率的です。
これらは、決して完全なリストではありません。まだ、他にもMediatorが補助できる点はございますが、このリストで、行き詰まりそうな交渉をいかにMediatorが円滑に進める援助をできるか、ご理解いただけるものと思います。
4.実例 -Central Artery/Tunnel
現在、ボストンのノースエンド地区からフィナンシャル地区にかけて州際高速道路93号線の高架(Central Artery:中央動脈)が走っていますが、美観的には決してよいものではなく、またランプが複雑に入り組んでおり渋滞・事故の多発地帯となっております。連邦は、1970年代に、この高架道を全て地下に埋めてしまうという巨大プロジェクトを発表し、現在、「ビッグ・ディグ(大きな掘削)」という愛唱で建設が進められています。 ボストンの北側にはチャールズ川が流れていますが、この事業によって、チャールズ川を93号線が渡る橋を新たに建設することになり、Scheme Z(手法Z)という計画が州公共事業局によって提出されました。しかし、この計画に対し、ボストン市議会、隣接するケンブリッジ市議会、商工会、環境団体などから、美観、環境、渋滞対策その他多くの視点に基づき反対の声があがりました。
そこで、新州知事ウイリアム・ウェルドが選出されたことを契機に、Bridge Design Review Committee(橋梁デザインレビュー委員会)が結成され、42人の委員が、ほぼ全ての関係団体から選出されました。また、Jack WoffordがMediatorとして任命されました。彼はEndisputeというMediationを専門に行うコンサルタント会社から派遣されましたが、以前は州、連邦の交通関係の要職に就いており、専門家としての知識は十分に有していたと言えます。 Jackはまず、委員会発足の時点で、委員たちにいかにプロセスを進めていくかについて説明を行っています。そして、議論が進むにつれ、3つの部会(交通、景観、オープンスペース)を創設し、各団体の利害に応じて部会に分かれるよう促しました。州のエンジニアたちは、反対を行っている者からは全く信頼されておらず、全ての委員が納得のいく、外部の専門家を招くよう計らいました。また、団体の持つ利害によっては、Scheme Zとは直接関係のないことがら、例えば同時に鉄道を建設するかどうかといった問題を持ち出す委員も多くいたものの、この委員会では直接扱う議題ではなく、後に持ち越すことにするよう促すことにより、議題を絞ることができました。また、ブレーンストーミングの作業などによって代替案が13ほど提案された際には、マトリックスを用いたアンケートを用意し、結果、それらの代替案のうち3つだけが現実的で議論の対象となり得ることが委員たちにとって明らかになり、最終提案としてまとめあげるに成功しました。なお、このアンケートの際には、彼が技術的な情報をまとめた資料を準備し、各委員に配布しました。 結果として、3つの案が委員会によって提出され、州はそれらの案から一つ選ぶという形で決着がつきました。このプロセスに参加した団体などは、シエラクラブを除き、計画に満足し、対立がほぼ収まりました。委員たちはJackがいかに交渉を進める上で役に立ったか、賞賛したということです。
(参考資料: Conflict Management in the Design of the Charles River Crossing,
Satoru Ueda, MCP thesis (MIT), 1994
Charles River Crossing: Bridge Over Troubled Waters -An Update, John
Wofford, 1994)