Lecture #4: パレート改善
- Pareto Superior -
(2003.12 大幅加筆)
今日は、ちょっと経済学の観点から交渉についての話をしてみようと思います。
ミクロ経済学の教科書にはだいたい、パレート最適、パレート改善の話が載ってると思うので、もし私の説明じゃわからん、もっとちゃんと勉強したいという方は、本だなの奥からむかし使った教科書でも探し出してみてください。大して難しい話でもありませんし、ここで伝えたいことはグラフを描かなくても常識で概念的に理解できることです。
以下、またたとえ話でお話します。
いま、ここにAさん、Bさんがいて、Aさんは紅茶を1kg、Bさんは日本茶を500g持っているとしましょう。Aさんはべつに紅茶が大好きで、日本茶が嫌いなわけでもないし、Bさんも日本茶が大好きなわけでもありません。どっちも好きでも嫌いでもないかな、という感じです。
ここで、これからの話の大前提となる「限界効用逓減の法則」をお話しましょう。何かをたくさん持っている状態だと、その何かを少ししか持っていない状態に比べて、追加でその何かを余計に獲得した時のうれしさは比較的少ない、という仮定をしています。端的に言えば、あなたの貯金が20万円のときにお小遣いで1万円貰うのと、あなたの貯金が2,000万円のときに1万円貰うのと、どっちがうれしいか、ということです。当然(多くの人が)、前者だと思いますよね。
Aさん、Bさんの話に戻すと、Aさんは紅茶をいっぱい持っているけど、日本茶は全く持っていないので、紅茶を少し失ったとしても日本茶を誰かに貰えると幸せになれそうです。Aさんにとっての限界効用(追加の1単位によって得られる追加の満足度)は、紅茶よりも日本茶のほうが大きいわけです。
そこで、AさんはBさんに、「紅茶と日本茶、少しとりかえっこしましょう。」と話をもちかけました。当然、Bさんは喜んで承諾しました。Bさんも同じ状況にいますから。
2人はまず、紅茶と日本茶を200gずつ交換しました(取り引き1)。
Aさんは、もっと日本茶が欲しいような気がしたので、Bさんにあと200gずつ交換しようと持ち掛けました。でも、Bさんはあと300gしか日本茶が残ってないのでそれはちょっと困ります。結局、Aさんの紅茶200gと、Bさんの日本茶100gを交換しました(取り引き2)。
Aさんは、もっともっと日本茶が欲しいような気がしたので、さらにBさんに話を持ちかけました。しかし、Bさんは半分以上の日本茶をAさんにあげてしまったので、さすがにもう交換はできません。
そこで、Bさんは「紅茶500gくれたら、日本茶100gあげるよ」と言いました。さすがにAさんはこれは無理だわ、と思いあきらめました。
このAさんとBさんの間の物々交換で、AさんもBさんも、はじめの状態(それぞれ紅茶しか持っていない、日本茶しか持っていない状態)よりは満足できました。この取り引きを表にまとめると下のようになります。
表: AさんとBさんの取り引きのまとめ
|
Aさん |
Bさん |
|
紅茶(g) |
日本茶(g) |
紅茶(g) |
日本茶(g) |
はじめ |
1,000 |
0 |
0 |
500 |
取り引き1のあと |
800 |
200 |
200 |
300 |
取り引き2のあと |
600 |
300 |
400 |
200 |
このように、物々交換を行うことで双方の満足度が向上することを、「パレート改善」といいます。
そして、物々交換を繰り返していって、もうこれ以上交換はできないというところまできたら、そのことを「パレート最適」といいます。AさんとBさんの最終交渉結果は、パレート最適と言うことができるでしょう(理屈をこねればこれは否定することもできます)。パレート最適はパレート限界と呼ばれることもあります(注:講座7では「限界」のほうを使っています)。
私が交渉学講座で述べている「交渉」とは、基本的にこの物々交換のことを指しています。自分が持ってるものと、相手が持ってるものを取り引きすることで、自分も相手もよりよい状態になろうとすることが、交渉学の極意です。そういう意味では、自分から(有形、無形問わず)何も差し出さないで相手から何かを取り上げようというのは交渉ではありません。
また、交換する物件は、自分と相手で異なる価値づけをしていることが鍵です。紅茶と日本茶、数百グラムについて、AさんとBさんが最初は異なる価値を置いていたことが交渉を始めるきっかけとなったのです。
ちなみに「パレート」というのは今世紀初めのイタリアの経済学者、Vilfredo Paretoの名前が由来です。その人が考え出したので、パレート最適、パレート改善って名前がつけられています。
今日はこのへんで。 |