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Lecture #9: 代理人(エージェント:agent)

今回は野球の契約交渉でもおなじみの「代理人」について少し説明します。しかし代理人についてはそのことばかり詳しく研究している人たちも多く、その方々に比べたら私はまだまだ未熟者かもしれません。代理人を使うか使わないか、使うならどうやって使うか、という問題は、それだけ、重要なことなんです。

そもそもなぜ代理人を使うのでしょうか。すぐに思いつくものを挙げると次のとおりになります。

  • 専門知識:相場観、取引慣行、専門的技術的知見、人脈など、自分に足らない知識、(非金銭的)資源を代理人に補ってもらう。
  • 交渉能力:話しの持っていき方、話し方、態度、駆け引き等、交渉のインタラクション(相互作用)を代理人にお任せする(これは交渉に関する専門知識を補ってもらっているという見方もできますが)。
  • 執着心:代理人に「xxxの条件じゃないと合意するな」と言うことで、代理人が融通の利かない交渉態度を示すことになり、結果として交渉相手に自分の執着心を見せ付け、相手側の条件闘争に伴う取引費用を増大できる。
  • 委託作業:単に現場を見たり、話し合ったりする手間がないから、自分の手足として代理人を雇うこともあるでしょう

代理人で一番身近なものといえば、不動産屋さんです(賃貸じゃなくて売買の仲介で)。彼らは相場観があるので、だいたい妥協すべき点というのを教えてくれますし、また買い手としての仲介をお願いする場合は、物件の良し悪しを見極めてもらえますし、また売り手であればセールストークは不動産屋さんのほうが余程上手なわけです。当然契約書の書き方というのも彼らでないと理解できない部分は多いですよね。さらに時間の調整など、委託作業として面倒な事務作業もやってくれます。その代理人としての対価を手数料として、不動産屋さんは要求するわけです。

代理人と委託元の間でwin/winの関係が生まれるのだから、代理人を使うことはすばらしいじゃないか、という意見もあると思います。野球の契約交渉などまさにその最たるもので、選手とチームの間で力関係の不均衡がある(チームはお金もあるし、交渉の得意な人を担当者にできるし、相場などの情報も多い)ので、代理人を使うことでその不均衡を調整できるわけです。「まぁ、チームは親代わりなんだから、言うことを聞きなさい」、という父権主義が通用するのであれば、不均衡はそのままでいいのかもしれませんがね。

しかし、代理人の利用にはリスクが伴います。たまに、芸能人のマネージャーがギャランティー持ち逃げするといった事件がありますが、まさにこれが代理人を利用することのリスクです。つまり代理人に自分の真意(重要な情報)を教え、取引を任せるのですから、寝返られたらとんでもない大損を食らうわけです。単純化して考えると、代理人にとって寝返ることによる利得が委託元に尽くし続ける利得を上回ったら、代理人は寝返るというのが合理的選択なわけで、一度情報を教えてしまった以上、代理人が寝返らないよう引き留めておくためにはお金もかかるし、何より面倒なわけです。また、そこまで深刻な話じゃなくても、代理人への報酬が定額の成功報酬であれば、交渉を粘ることで委託元により大きな利益がもたらされようとも、早く交渉を妥結させることが代理人の利得を最大化させるので、交渉をさっさと終わらせてしまい、委託元に機会損失をもたらしかねません。その逆に、歩合制の報酬制度だと、ダラダラ仕事をして、いつまでたっても合意しないように仕向け、また委託元に損出をもたらすかもしれません。このような、代理人と委託元の間の緊張関係をprincipal-agent problem(委託元-代理人間問題)などと言います。いかにして代理人が委託元にとって不利となるような行動をとらないように仕向けるか、というのが研究の対象になるわけです。当然、企業の経営者としては社員が「代理人」ですから、この問題について真剣に考えると言うのは理にかなっていますよね。

ということで今回は代理人の話を簡単にしました。代理人と言うと大手企業や野球選手の話で、自分には関係ないや、と思われるもしれませんが、代理人の役割を果たしている人たちはたくさんいます。不動産屋さん、会社の部下や上司、町会長さん・・・そして、外交官もわれわれ国民の代理人です(*外交官がウチとソトで繰り広げる駆け引きをtwo-level game(2段階ゲーム)といってR. Putnamという人が有名な論文を書いています)。自分の身の回りの人たちについても「代理人」だと想像してみて、どうしたら一番よい代理人になってもらえるかを考えてみると、新たな付き合い方が見つかるかもしれません。でも、裏切りという世知辛い話を想像することになるので、家族を「代理人」と看做すのはお勧めしませんが・・・。