2013年9月13日
何気なくスカルノの歴史を読んでいたら、インドネシアという国がdemocratic engagementを信条としていることを知って驚いた次第。今後リサーチが必要とはいえ、気づいたことをメモ。
インドネシアには建国の5ヶ条なるものが存在し、パンチャシラ(Pancasila)と呼ばれているそう。そういえばインドネシア出張時にもこの単語は何度か耳にしたな。で、現状の5ヶ条ではなく、スカルノが1945年に発したバージョンのPancasilaでは、
3. Musyawarah Mufakat
が第3条だったそうです。英語に訳すとdeliberation-consensus。熟議を尽くして、コンセンサスに達すること、とでもいうのでしょうか(日本語のwikiだと「民主主義」と訳されているようですが、たぶん「熟議」や「討議」のほうがよいかと)。
なお、現在では若干修正されて、第4条に、審議(PERMUSYAWARATAN)と代表(PERWAKILAN)の知恵による民主主義(KERAKYATAN)、みたいなフレーズが盛り込まれているようです(※インドネシア語は詳しくないので、間違ってたらゴメンナサイ)。
いずれにしても、Musyawarah Mufakatという概念はインドネシアでは歴史的に存在しているようで、これをアジアの合意形成のひとつの形態として捉える必要がありそうです。
こんな論文も見つけました。
Consensus and Democracy in Indonesia: Musyawarah-Mufakat Revisited- Discussion Paper No. 308 – Institute of Developing Economies.
ざっと読んでみましたが、今度よく読んでみて、追跡調査したいと思います。
2013年8月1日
ふとしたことから「雲助」という言葉を調べていたら、どうやら、筋の悪い人足である雲助が、客の足下を見て、草履が切れて歩けない状態だったときに高額の籠の料金をふっかけた、というのが「足下を見る」の語源だそうです。
交渉学のセオリーでは、足下は絶対に見られないように注意を払うべし、といわれています。足下を見るような奴のほうが悪い、という規範もあるでしょうし、確かに足下ばかりみるような人は自分も嫌いではありますが、それ以前の問題として、自ら足下を見られるような状況に陥らないように心がけることもまた、社会人としては必要なスキルなんじゃないかと思います。
交渉分析では、ここでいう足下のことをBATNAと言います。交渉を決裂させたときに自分がとりうる手段です。もし、あなたが旅人で、草履が擦り切れてしまった状況で、人足と籠の料金の交渉をするとしましょう。ここで、あなたが人足との交渉を決裂したとして、どうすれば次の宿まで移動できるでしょうか?いまいる宿に、交渉相手以外にも多数の人足がいるのなら、他の人足により安く依頼する可能性もあるでしょう。あるいは草履を買って、自分の足で移動できるかもしれません。他にもいろいろな手段はあり得るでしょう。しかし、いまいる宿にいる人足が雲助ひとりであったり、草履を売ってなかったりしたら、雲助に法外な値段を払う以外の手段が閉ざされているということです。
もちろん雲助は困り者ですが、いちばんいけないのは、擦り切れるまで草履を履きつぶしてしまい、雲助以外に移動の手段を失ってしまったあなたとなります。ですからこそ、そういう事態に至らないように、つまり最悪の手段しか残っていないという状況に陥らないように常に注意することが、交渉のセオリーでは重要だと考えられているのです。長旅には予備の草履をもっていくとか、事前に安全な人足のいる宿を確認しておくとか、そういったリスクマネジメントが必要なのです。
足下を見るような奴が悪い、というキャンペーンも大事ではありますが、同時に、自分が足下を見られることがないよう、常に注意しておく必要もあるでしょう。
2012年9月10日
9月1日に東京で、9月5日に京都でそれぞれ講演会を開催しました。詳細は後日まとめます。

