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2025年6月4日

“Best Offer”を正直に言うやつはいない|アメリカ 関税交渉めぐり 各国に最善案の提示を求める書簡

7月8日の期限まであと1ヶ月、トランプ政権も焦りだしたようです。


アメリカ 関税交渉めぐり 各国に最善案の提示を求める書簡

Exclusive: US pushes countries for best offers by Wednesday as tariff deadline looms

水曜日までに各国は”Best Offer”を提示せよ、とのリクエストをしたとのこと。そのOfferを検討したうえで、”a possible landing zone”を回答する旨も伝えているとな。

2者間交渉ではZOPA: Zone of Possible Agreement(≒交渉による付加価値)の取り合いの側面がありますから、最初から「自分はここまで譲歩できます」と正直に言ってしまうと、相手に付加価値を全部もっていかれます。なので、交渉において「どこまで譲歩できるか」を正直に言うことは絶対にありません。もちろん馬鹿正直に言ってしまう輩もいるのでしょうが、そういう人は付加価値を相手にすべて搾取されるわけです。

当然それをわかったうえで、米国は”Best Offer”を提示せよと言ってきているわけでしょう。

なので各国は、どのようなOfferを出すか・・・いまごろかなり悩んでいるでしょう。

水曜日まで、と期限を非常に短く切っているあたり、なかなか狡猾ですよね。というのも、時間に余裕があると、各国が協調できて(≒ある意味カルテルを結ぶ)、みんなでキツめのOfferを米国に出せてしまうので、それを防ぐために時間の余裕を持たせていないのでしょう。多国間連携ができれば、みんなでキツいBest Offerを出して、米国がギブアップするのを待つという戦略が可能で、そのような世界線はとても見てみたい気がします。当然そこで抜け駆けしてトランプに擦り寄る国も出てくるでしょうが・・・。

最終的には、それぞれの国のBATNA(≒とんでもない関税が導入されたときに蒙る被害)次第で、この書簡を無視する国も出てくるかもしれないですね。「別に米国と取引できなくても・・・結局困るのは米国ででしょ」と言える国はつおいです。ある意味チキンレースですね。中華人民共和国はかなり強気に出るような気がします。

ただし要求において”Best Offer”という言い方をしていて、”Final Offer”とは言っていないのは救いかもしれません。交渉では最後通牒戦略”Take it or leave it”といって、自分にとって一番都合の良い条件(相手にとってギリギリ受諾できる条件)を出したうえで、呑むか吞まぬか、2者択一を迫る戦略があります。これは非常によくない戦略で、合意可能であったとしても、その「不公正」さから、破談に至るケースが十分考えられます。たぶん各国はFinal Offerなんて出したくないでしょうから、”Best Offer as of now”みたいな言い方にして、交渉の余地を残した回答するんじゃないかと思います。

さて、どうなることやら。


おとしどころの見つけ方 世界一やさしい交渉学入門


カテゴリ: American politics,Negotiation — Masa @ 7:26 AM

 

2025年5月13日

交渉は結局BATNA次第:米中 追加関税115%引き下げで合意も 今後の協議は不透明

さすがに米国内でも生産活動に悪影響が目立ち始めたのでしょうか、お互いに「抜いた刀を鞘に戻す」合意となりましたね。

中華人民共和国(中国)側は報復関税で売られた喧嘩を買ったわけですが、十二分な規模の国内市場を抱えていて、ロシア、欧州、東南アジアへの輸出も特に心配ない中国にとっては当然の戦略というか、対応だったと言えるでしょう。だって別に米国と取引できなくてもどうにかなるんですもの。

逆に米国は中国から部品等の輸入ができなくなって一部の製造業はパニックになったわけです。もちろん現政権はその脆弱性を解消するために国内での原材料生産を強要しようとしているわけですが、国内生産の基盤ができていない現時点で喧嘩を売っても、そりゃ、相手に足下を見られますわな。

交渉分析では、交渉決裂というか、縁を切った場合に自分に・相手に何ができるか(BATNAという)を想定・分析することが必須となっていて、その視点からすれば、今回は米国側のBATNAのほうが脆弱だったと言えるかもしれません。またそれぞれのBATNAの強弱を考えれば、いつかは米国側が譲歩して合意に至る道筋は見えていたのかもしれません(※ただし冷静さを失って感情的に「間違った」意思決定へと進むことは世の中多々ある)。

そういう意味では日本は非常に脆弱な立場にあって、輸出入の問題だけでなく、安保の問題があるので、米国と縁を切るというのはなかなかオオゴトなわけです。対米輸出依存度がもっと大きい東南アジア諸国も交渉をする前から譲歩の姿勢を見せていましたね。

なのでいわゆるトランプ型の交渉戦略がこのまま続けば、最終的に、ロシアにせよ中国にせよ、自国内で諸々完結できる大国の地位が相対的に強くなって、自由貿易でこれまで成長してきた小国の地位は今後衰えていくことになるかもしれませんね。

そういう意味で、日本政府はいかに対米交渉へのBATNAを強化するのか・・・経済だけであれば手の打ちようがあるのでしょうが、安保条約や原子力協定なども絡んでくるので、本当、ややこしいですな。「戦後のツケ」が今頃になって債権回収されようとしているのかもしれません。くわばら、くわばら。


カテゴリ: American politics,Negotiation — Masa @ 7:52 AM

 

2025年4月10日

トランプの異次元関税は政策ではなくBATNAでしかない

米国がまた関税措置を取り下げということで、なんとなくカオスな空気が漂っているわけです。

とはいえ、自分は2月4日にこんなことを書いていました。


BATNAは実行しないから交渉になる

以前も全く同じ戦略を使っているわけですよね。まずは「交渉決裂」の姿を示してから、相手が交渉のテーブルに着いたら、いったん取り下げるというプロセス。

そう考えると、例の意味不明の高率関税は「政策」ではなくて、交渉決裂の場合の脅し、つまり交渉学でいうところのBATNAでしかないわけです。

税率の設定がバカみたいな数式に基づいているということで話題になりましたが、そもそも政策ではないので、数字の根拠なんて何でもよかったということになるのでしょう。

ただし中華人民共和国(中国)が交渉のテーブルに乗らないので、BATNAをエスカレートせざるを得ず、中国に対してはこのまま「政策」として持続的に実行されてしまう可能性が出てきました。

なぜ中国が交渉をしたがらないかというと、相手の交渉のテーブルに乗った時点で負け、という意識があるのかもしれません。BATNAの脅しに速攻屈するようでは、自分のBATNAの脆弱さを露呈しているようなものです。歴史的にも、周辺諸国から朝貢される側であったという認識があれば、脅されてすぐに頭を下げるなんてプライドが許さないでしょう。また、米国と断交になったとしても国内市場でやっていけるし、例の台湾問題もあるので、中国側にとってBATNAは(日本やベトナム、カンボジアなどと違って)そんなにキツくないと認識されているのかもしれません。

そうなると、エスカレートしていくのは不可避で、最終的には交渉の破談というか、国交断絶のような状態にまで至るかもしれないわけです。最悪のシナリオですが、BATNAを使った脅しというのは、その可能性を踏まえたうえで発動しないといけない交渉戦術でもあります。

ということで今後また米国が高率関税を持ち出してきても、それは交渉戦術だということで、政策として真に受ける必要はなさそう(※ただし、たまに実行しないとBATNAとしての脅しの効果がなくなるので、気まぐれに実行されるリスクはある)ですが、米中関係については、今後、チキンレースからダラーオークションゲーム状態となって、けっこう、面倒なことになるリスクがあるな・・・と備えておいたほうがよいかもしれません。


カテゴリ: American politics,Negotiation — Masa @ 7:58 AM