2025年4月10日
米国がまた関税措置を取り下げということで、なんとなくカオスな空気が漂っているわけです。
とはいえ、自分は2月4日にこんなことを書いていました。

BATNAは実行しないから交渉になる
以前も全く同じ戦略を使っているわけですよね。まずは「交渉決裂」の姿を示してから、相手が交渉のテーブルに着いたら、いったん取り下げるというプロセス。
そう考えると、例の意味不明の高率関税は「政策」ではなくて、交渉決裂の場合の脅し、つまり交渉学でいうところのBATNAでしかないわけです。
税率の設定がバカみたいな数式に基づいているということで話題になりましたが、そもそも政策ではないので、数字の根拠なんて何でもよかったということになるのでしょう。
ただし中華人民共和国(中国)が交渉のテーブルに乗らないので、BATNAをエスカレートせざるを得ず、中国に対してはこのまま「政策」として持続的に実行されてしまう可能性が出てきました。
なぜ中国が交渉をしたがらないかというと、相手の交渉のテーブルに乗った時点で負け、という意識があるのかもしれません。BATNAの脅しに速攻屈するようでは、自分のBATNAの脆弱さを露呈しているようなものです。歴史的にも、周辺諸国から朝貢される側であったという認識があれば、脅されてすぐに頭を下げるなんてプライドが許さないでしょう。また、米国と断交になったとしても国内市場でやっていけるし、例の台湾問題もあるので、中国側にとってBATNAは(日本やベトナム、カンボジアなどと違って)そんなにキツくないと認識されているのかもしれません。
そうなると、エスカレートしていくのは不可避で、最終的には交渉の破談というか、国交断絶のような状態にまで至るかもしれないわけです。最悪のシナリオですが、BATNAを使った脅しというのは、その可能性を踏まえたうえで発動しないといけない交渉戦術でもあります。
ということで今後また米国が高率関税を持ち出してきても、それは交渉戦術だということで、政策として真に受ける必要はなさそう(※ただし、たまに実行しないとBATNAとしての脅しの効果がなくなるので、気まぐれに実行されるリスクはある)ですが、米中関係については、今後、チキンレースからダラーオークションゲーム状態となって、けっこう、面倒なことになるリスクがあるな・・・と備えておいたほうがよいかもしれません。
2025年2月4日
土壇場で撤回というか1ヶ月停止ですか。
トランプ大統領 メキシコ カナダへの関税措置 1か月停止で合意

関税措置は交渉決裂、すなわちBest Alternative to a No Agreement (BATNA)であって、お互い損になるので、実はトランプ大統領も発動したくないはず。
あくまでBATNAを使った脅しということで、カナダ・メキシコができれば逃げたい交渉のテーブルへと彼らを引きずり出してきたといえるでしょう。
まぁよくある戦略といえば戦略なのですが、オオカミ少年と同じで、BATNAを使った脅しを何度も繰り返すと、交渉相手は「実はBATNAを実行することはないんじゃないか?」と思うようになるので、効果はどんどん薄れていくでしょう。
トランプ大統領もバカではないので、だからこそ、どこかの国に対して早い段階でBATNAの実行(関税措置の実行)するでしょうね。それが中華人民共和国になるような気がしなくもなく、そうなると、大国のメンツが絡んで、間に存在する日本は面倒な立場に置かれるかもな・・・という気がしなくもないです。
どうなることやら・・・。
2025年2月2日
ドナルド・トランプが「関税」を武器に、国際交渉を進めているというハナシ。
トランプ大統領 カナダ メキシコ 中国に関税で署名 米メディア | NHK
交渉学の視点で見ると、この関税措置はメチャクチャな戦略ではなく、むしろ米国側が自身のBATNAを顕在化させて、その実行可能性(現実味)を高めているというだけのことかと思います。
逆に言うと、これまでの米国が交渉のなかで、何をBATNAとして相手国に認識させてきたのか、という点は気になります。相手国が米国のBATNAを認識していない(気にしていない)のであれば、米国側の「交渉力」は非常に弱くなるというか、相手国がナメてかかってくるのは当然といえば当然。
なので、トランプ大統領はわかりやすくBATNAを提示しているという見方もあり、それはそれで「優しい」交渉戦略かもしれません。
ただし、高関税⇒貿易を止めるというBATNAを実行する、つまり相互利益のある取引を一時的に中止することで、米国にも相手国にも機会損失が発生するでしょう。そこからいかに迅速に交渉による新しい合意に至れるかが鍵で、このプロセスが遅れれば遅れるほど、両国にとってツラいはずです。なので、相手国側の機会損失が小さければ、ゴネることで持久戦に持ち込み、米国が根負けするのを待つのでしょうが、当然トランプ側もバカではないので、そういう国を相手にこの戦略は使うはずもありません。
まぁ貿易がない原初状態に戻して、そこから取引を再構築するというのも、ゲームコンソールのリセットボタンに慣れた私たちには魅力的なプロセスに見えるのですが、問題は再構築に係る取引費用をどう最小化するのか。そこがトランプ政権あるいは相手国の担当者の腕の見せ所でしょう。