2024年3月31日
読書メモ「暇と退屈の倫理学」國分功一郎
自分のなかで、Twitterからブログへのトランジションが徐々に進んでいます。Twitterって「フロー/微分」の書き込みで、最終的にそれが「ストック/積分」になっていけばよいのでしょうが、自分の場合はどうも、そうなっていないように思います。ならば少し時間をかけてブログの記事にして、きちんとストックとして積み上げていくほうがよいのかなと考えるようになりました。
まぁストックするに値するような高邁な思想をブログなら書ける、なんてことはなさそうですが(^-^;。
で、読書メモもときどき書くようにしようかなと思います。昨夜は研究科ガイダンスの後、研究室でしばらく時間が空いたので、読み途中だった「暇と退屈の倫理学」を最後まで読みました。
「退屈」とは何か、そしてそれにどう向き合うべきか、ということについて、章ごとに哲学思想を参照しながら解き明かしていくもので、何か所か難解でひっかかりましたが、全体を通しては非常にスラスラと読める本でした。わかりにくい内容はたとえ話でかみ砕いて説明してくれています。また、ところどころで著者の感情の吐露のようなものがあって、クスっと笑えるというか、難しい話なのに肩の力が抜ける感じになるのもよかったです。
で、自分が持っている版は、なんと表紙に「2023年東大・京大で1番読まれた本」という文字がデカデカと印刷されていて、非常にカッコ悪いっすw。帯なら外せばよいのですが、べったり印刷しちゃってるんですよね。コストカットのためなのでしょうが、本棚にしまっておくことを考えると、やっぱし帯にしてほしかったなぁ・・・と。まぁ細かいことですがw。
内容ですが、結論章に書いてある通り、きちんと最初から最後まで通読する(つきあう・向き合う・体験する)ことがダイジと思いますので、要約などせず、あくまで個人的な解釈を述べますが・・・端的に言えば、何か生産するわけでもない時間、目的のない時間の存在を受けいれて、その「暇」な時間に(際限なく生成される概念を消費するのではなく)モノを浪費することで、豊かさを取り戻そうということかなと思いました。この文章だけ読んでも著者の言いたいことは全く伝わらないと思いますし、誤解もありそうです。とはいえ、暇の退屈さに耐えられず、視野の狭い目標達成・生産性向上の無限循環の閉ざされた世界に自ら飛び込んでいき、そこから出てこられなく状況に陥る危険を指摘しているのは間違いないと思います。
あと細かい点で自分の学びとしては、ジル・ドゥルーズの「不法侵入」概念(トランジションの契機としての非常事態)、スピノザの「反省的認識」概念(ほんとうの「学び」とは何か)は、勉強になりました。
書評でも紹介でもなく個人的なメモなのでお役に立たないでしょうが(※なお「ブログが社会の役に立たなければならない」という強迫観念を批判しているのも本書だと思いますが)、この本自体はオススメですので、ぜひ読んでみてください。